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定説を覆す衝撃の発見!!

更新日:2016/09/06


灰塚山へ1

灰塚山へ1

灰塚山へ2

灰塚山へ2

いよいよ灰塚山古墳

いよいよ灰塚山古墳

灰塚山古墳石棺が!

灰塚山古墳石棺が!

灰塚山古墳主体部

灰塚山古墳主体部

灰塚山古墳石棺

灰塚山古墳石棺


定説覆す発見が
こんなにも身近なところで!
会津若松一箕古墳群の
大塚山古墳以来の衝撃!

ますます、自分たちの
ご先祖様がどんな方々で
なぜ自分が今ここにいて
何をなすべきか
知りたくなってきます。

新宮熊野神社長床の西
新宮城跡の西堀の西北に
全長60mの灰塚山古墳が
発見されました。

特筆すべきは
石棺の形状
蓋の部分は板状の石組みが敷き詰められ
粘土で固めてある独自の技法。
貴重な副葬品は
館内に収められているのが一般的だが
多くの鉄製品が
石に上下挟まれる形で見つかった。
また、
石組みの一部や石棺内部には
朱塗りが施されている。
このような古墳時代中期
石組みの形状は全国でも珍しい。

古墳時代中期3世紀から4世紀初めの
会津では古墳が造られた例が少なく
中央政権との関わりが薄いとされていた。
しかし、当時貴重だった
鉄製品を持つ人物は政権と
何らかの関係があったとされ
灰塚山古墳の埋葬者は
中央政権との深い関係が続いていたそうです。

出土品等:
①約1600年前〜1500年前の古墳時代の2つの棺跡を確認した。(4〜5世紀頃)
②2つの棺の内部から、ガラス製の腕飾り、古代の櫛、刀、鏡鉄製の武器が多数出土した。
③2つの棺のうちの一つは、塩川町にある国指定史跡「古屋敷遺跡」に住んでいた豪族の墓の可能性が考えられる。

 

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